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2012-12-03

医療従事者の不足は医療市場における雇用のミスマッチ

○勤務医の待遇改善に向けて
 医療従事者の給与については,労働基準法が守られていないケースが見受けられます。最近,改善された病院もありますが,時間外勤務に対する手当は支給されず,サービス残業が常態化している病院もあります。後ほど述べますが,サービス残業に裏打ちされた超長時間労働は,医療関係者のコスト感覚を狂わせ,医療制度そのものの経済感覚を狂わせていると考えます。医療機関経営者からは,十分な給料を支払うだけの収益がないとの指摘もありますが,労働基準法をきちんと守るべきだと考えます。
○女性医師にとって働きやすい環境の整備
 現在,医学部入学者の3割が女性となっています。医師の世界に関しては,他の職種と比べても女性の社会進出は進んでいました。社会進出は進んでいましたが,男女ともに同じ働き方を求められる傾向があり,女性の労働環境への対策は十分ではなく,むしろ遅れていたといえます。
たとえば,女性医師については結婚や出産を機に離職するため,労働力率を年齢階級でみるとM字分布となっています。育児に一定のめどが立った後,現職に戻ることができるかどうかがポイントですから,女性医師に対する十分なるケアが必要です。長時間保育が可能な院内保育所の整備とベビーシッターの派遣,現場復帰に当たっての臨床研修制度の充実など,思いつく限りの対策が必要と考えます。
○看護職員,介護職員の状況
 これまで医師不足を中心に見てきましたが,看護師,介護職員についても絶対数の不足と地域偏在が問題となっています。特に福祉士数の数は増加しているものの,労働環境があまり良くないため,立ち去る職員が多いことが問題となっていました。厚生労働省は介護職員の処遇を改善するために平成21年に処遇改善交付金制度を創設し,その後,平成24年度において介護職員処遇改善加算に移行しました。
今後,さらなる職場環境の改善を行い,労働基準法をきちんと守り,労働に対する対価をきちんと支払うことで,介護職員のモチベーションの向上や,離職者の減少につながると考えます。
○病床数の問題
 次に病床数の問題に移りたいと思います。日本は先進諸外国と比べて,病床数が多く,一方で,ベッド当たりの医療従事者数が少ないという特徴があります。1985年の医療法改正以降,病床過剰地域における病床数を抑制する政策が取られてきました。病床数は国から示された基準病床数を元に都道府県が地域医療計画の策定により定めることとなっており,病床過剰地域では病床が増えないように制限がかけられています。
厚生労働省はこれにより病床過剰地域では病床は増加せず,病床非過剰地域では病床が増加していると説明しています。とはいえ,現在の基準病床数の手法が,適切な医療提供体制の構築を適切に誘導しているとは思えません。たとえば,厚生労働省の示す基準で病床数が過剰とされた地域において,本当に病床数が過剰であるのかは大いに疑問です。というのは個々の医療機関レベルでみると,許可病床数と実際に運用している稼働病床数にかい離がみられます。
 2006年(平成18年)診療報酬改定において,手厚い看護配置(7対1入院基本料)に対して高い保険点数がついたため,経済的誘導により多くの医療機関が7:1を目指そうとしました。看護師の数を増やすことができれば達成できますが,看護師数には限りがあるため,全国的にみると,稼働病床の数を減らして看護配置7:1を達成する医療機関が多数を占めることになりました。これにより,許可病床数と稼働病床数に大きなかい離が発生し,本来は病床数が足りていないにもかかわらず,新規参入や病床の増床ができない地域が発生しています。
 また,特定の診療科の病床数が不足している地域において,ニーズに応じて特定の診療科の専門病院を開設したいと考えても,他の診療科の病床数によって過剰地域となった場合,新規に病床を増やすことができません。このように現在の基準病床数を用いた制度に限界があることは明らかです。私はまずは許可病床数の稼働病床数のかい離をなくす必要があると考えます。
また,地域医療計画における基準病床数による病床管理はあくまで,病床を減らすための手法であって,病床が不足する地域に病床の整備を促す効果は限定的だと考えます。そこで,病床不足地域において病床を整備したいと関がえている医療機関に対して補助金を付けるなど,もっと強力な手法を用いて病床の整備を誘導する必要があると考えます。
○効率性追求による空床の減少=予備対応能力の低下
 医療機関における経営効率化により,病床稼働率が上昇しています。効率的な経営がなされたことを歓迎する向きもありますが,空床が少ないと言うことは,受入余裕が無くなったということでもあります。このことが救急医療における余力を削ぎ,救急搬送における応需不能に結び付いている可能性があります。極度に高い病床稼働率とならないような工夫や,空床確保の制度等の整備が必要です。
・医療費の問題
○厳しい財源
 医療費は国民全体で負担しています。財源ベースで見ると,医療費の医療費の37.5%が公費(国庫25.3%,地方12.1%),13.9%が患者自己負担,48.6%が社会保険料となっています。病気という予期できない突然の出来事が起こっても,国民全体で乗り越えるために,「保険」という制度が主体となっています。その保険制度も生命保険の様なリスクに応じた負担ではなく,負担可能な収入に応じた負担(応能負担)となっています。
 患者自己負担の制度は,特に外来受診の際に一定の負担を求めることで,不必要な受診を押さえる働きを狙っています。公費は,応能負担が小さくならざるを得ない自営業や,高齢者を多く抱えた国保などの保険財政をサポートすることを主な目的としています。国民一人一人が支払う医療保険の保険料は年々増加しています。被用者保険については,保険料負担は企業と従業員で折半であることから,企業の経営を圧迫します。とはいうものの,保険料を徴収している保険者の財政を見てみると,入ってくる保険料よりも医療費の支払いが大きいため,赤字が続き,保険財政は火の車となっています。 
 患者自己負担も増加しています。被用者本人の自己負担で見ると,1997年以前は1割負担であったものが,その後2割に引き上げられ,2002年以降,3割負担となっています。高齢者についても1983年以前は無料であったものが定額制となり,2001年以降は1割負担,さらに2008年以降は70~74歳については2割負担となっています。これ以上の自己負担の増加は,必要な医療を受ける機会を阻害するとの懸念もあり,難しいところです。
○医療費総額の伸びは何が要因か
 日本の医療費の伸びは何が要因となっているのでしょうか。過去の伸びの要因の一つは医療提供体制の整備でした。これまで医療を受けることができなかった国民が医療を受けることができるようになり,医療費が増大しましたが,これは国民が等しく,医療を受けられるようになったことを意味することから,評価するべきであると考えます。
一方で,不必要な検査や治療を医師の判断や国民の求めで行うようになることも挙げることができます。誤診を過度に恐れるあまり,本来は不必要な検査をオーダーする医師がいます。一方で,軽症でやってきた患者が,「CTを取ってほしい。」「頭のMRI検査をして欲しい」と求められたことがあります。医師が検査は不必要であることを説明しても,「問題があったら責任を取れるのか」と詰め寄られ,結局,検査をすることとなる場面もあるかもしれません。
次の要因は人口の高齢化に伴う医療需要の自然増です。歳を重ねれば重ねるほど,病気になりやすくなり,医療機関にかかる機会が増えます。最も寄与しているのは医療の高度化と言われています。一昔前には存在しなかった内視鏡検査,超音波検査,CT,MRIが通常の医療で当たり前のように使われるようになっています。これらの新しい技術は機器が高価であることから,医療費の増大を押し上げていると予想されます。
さらに医学の進歩により,治療可能な対象が増えました。がん領域は手術や抗がん剤,放射線治療,免疫療法の発展に伴い,治療可能ながんの種類,病期が増えました。エイズも治療可能な病気になりました。高血圧や糖尿病の治療薬も次々と良いものが生まれています。これにより助かる命が増えました。とはいえ,高度な治療法は費用が掛かります。医学の進歩に伴い,治療費は増大し,これが医療費を増大させます。
これ以外の要因は意外と思われるかもしれませんが,国民所得の増大によるものです。日本の医療費総額は改定率でコントロールされていますが,その改定率は国民所得の伸びとほぼ,一致しています。改定率は2年ごとに行われる診療報酬改定作業の際に,予算編成過程を通じて内閣が決定することになっています。具体的には厚生労働大臣と財務大臣が調整の上,首相,官房長官を交えて最終決定されます。決められた改定率を元に,個々の診療に対して保険点数が設定されます。医療費の伸びは単純化すると改定率と自然増によって決まります。この仕組みにより,自然増以外の伸びはコントロールされることになります。
○混合診療の解禁について
混合診療の解禁の是非が議論されています。今後,新たに出現する先進的な治療法を全て全額自己負担としてしまえば,医学の高度化に伴う医療費の増大は止まるかもしれません。ただし,このことは良いことばかりではありません新たな治療法はことごとく自己負担の治療のままとなる可能性があり,新たな治療法が保険対象とならない可能性があります。つまり,新たに導入された治療法の多くが自己負担の治療のままでとどまるとすれば,お金がない人々は,保険が適応される治療しか受けることができなくなり,つまり無料で受けられるのは昔の治療法のみ,となる可能性があります。
もし,自分自身が患者であるならば,最新の治療が受けられないのは自分にお金がないからだ,と自己責任として我慢できるかもしれませんが,仮に自分の子供が病気であればどうでしょうか。最新の治療法であれば命は助かるが,その治療を受けるためには数千万円の費用が必要,となったらどうでしょうか。お金がなくて治療が受けられない。お金がなくて薬が買えない。まるで日本に健康保険制度が導入される前の状況と同じで,これを克服するために現在の制度を導入したはずです。混合診療の議論は慎重であるべきです。
○医療の複雑性について
 私は医療制度について勉強し続けてきましたので,一般の国民や他の医療関係者よりも少しは医療制度に詳しいと自負しています。また,私は医師として日々,診療に従事しています。そういう意味では私は実践者であり,研究者や評論家よりも現場が分かっているといえるかもしれません。医療現場では患者さんと医療制度の話をすることがあります。さらに私は地元の方々との対話を通じて,病院以外の場所で国民の声を聞く機会があります。通院や入院とは無縁の健康な方々とも医療について話をすることがあります。さらに冒頭に触れましたが,私は患者でした。
そういう意味で,私は複眼的に医療をとらえたいと考えています。それでも医療の世界は奥深く,理解すれば新たな疑問が生まれ,分かったつもりでも分かっていないことが多々あります。さらに医療は日々,医療現場で国民に提供されており,立ち止まることが許されません。国は医療制度を改革と称していろいろと変更してきました。当時者は良かれと思って変更してきたに違いありません。それでも多くの間違いがありました。
 私は医療を単純にとらえて安易に改革を唱え,手を入れることに恐怖を感じます。うまくいかなければ国民の命が失われます。それも下手をすると万単位で命が失われます。私は医療制度の改革は深慮が必要だと思います。しかし,それが理由で改革に慎重であってはいけないと思います。そのためには,医療制度をどのように変えていけばよいのでしょうか。政策判断を誤った場合,誰が責任を取れるのか。誰が何の責任で医療制度を決めるのか。これらの問題を考え抜いた結果,私が行き着いた結論は地域主権です。

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