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2012-11-24

最大の成長産業―対人社会サービス―

 潜在的には需要・ニーズが増大している産業も存在しています。ここで,需要をニーズとウォンツに分けて考えることについてもう一度説明しておきましょう。ニーズとは必要性からくる需要で,それがなくては生活が成立しない基礎的な需要のことです。一方で,ウォンツはなくてもいいがそれを欲しいという欲求で,顕示的消費的な需要のことを指します。
 経済の需要を考えるときにニーズとウォンツの側面から考える必要があります。アイフォンやアイパッドの成功は人間の持つウォンツの側面をよくとらえた事例ではないでしょうか。高付加価値な製品を開発して国際競争力を養うという観点からは,人々のウォンツを先読みする思考がどうしても必要となってくるのだと思います。
 しかし,ニーズの側面から需要をとらえるならば,その最たるものが対人社会サービスではないでしょうか。対人社会サービスというとよくわかりませんが,ようは医療や介護や保育,教育などの分野です。高齢社会の到来に伴い明らかに,医療・介護需要は増大しています。女性の労働力化が進んでいるので,保育のニーズも高く推移しています。子供の将来を考えれば,また国家の未来を考えるならば教育もニーズといって差し支えありません。
 しかし,この分野は政府の政策が大きくかかわっており,いわば「公(おおやけ)」の経済が担っているといえます。そして,そこではニーズの存在を軽視されてきたように思います。そのうえ,財政赤字を理由として医療・介護への支出をできるだけ少なくするように努力がなされてすらきました。これらのニーズは需要不足の経済において大切な経済の原動力であるわけですが,この分野の需要を掘り起こすためには,どうしても政策的なコントロールが欠かせません。しかしながら,それはこれまでは失敗してきたといえるでしょう。まさに,政治の貧困の結果,人口減少社会に対応できず,経済が悪化していることの中心に,対人社会サービスの問題があるわけです。
 保育に関しても同じような状況です。女性の労働力率は低いとはいえ,女性の社会参画は否が応でも進んでしまっています。ところが,充分に保育サービスが供給されていません。地方では少子化が極まって保育所が余る現象が始まっていますが,他方で都市部における保育所の不足は慢性化していて解決される兆しすらありません。教育に関しても同様です。
 少人数学級の必要性が叫ばれて久しいが,十分ではありません。教育の質は,端的にいって労働力の投入量に比例するわけですが,財源が問題となって多くの人材を投入できず,それゆえ日本では私的な教育支出,すなわち「塾」への支出が高くなっている現状があります。しかし,受験戦争を前提としたこのような教育が未来の人材を育成する保証はどこにもありません。対人社会サービスの需要が高いのですから,過労死するほど先生をこき使うのではなく,もっとたくさんの先生を雇うことが必要なのです。これらの背景にはすべからく,財源がないために政策を進められないというジレンマがあるのです。
 対人社会サービスのもう一つの側面は,それが労働集約的な産業であるということであります。雇用吸収力が高いといってもよいと思います。働き口が多ければ多いほど経済が活性化するのは当然の摂理ではないでしょうか。しかも,これらの対人社会サービスの分野は,国際的にみる限り女性労働が担っているようです。需要の増大と家族の回復にかかわる対人社会サービスの充実は,女性の労働力化と裏と表の関係をなしているといってよいわけです。
 女性の労働力化は一見伝統的な家族を破壊するかのように見えるが,それは医療・介護サービスや保育サービスが充実していない場合,すなわち日本やドイツのような制度構造の下においておこる現象です。女性の労働力率がほぼ100%に達している北欧では,日本よりも親の介護に家族がかかわる回数が多いというデータがあります。エスピン・アンデルセンという社会学者によれば,効率的なサービス生産を前提とした短時間労働のもとでは,対人社会サービスの充実はむしろ伝統的家族を回復すらさせるのだということになります。
 労働力率の問題を強調する背景には,それが人口減少社会の成熟にとって不可欠だからです。たしかに,人口減少社会においては,GDPが減少すること自体は避けがたいです。GDPは端的にいって,長期的には人口規模に比例するからです。先ほども述べましたが,日本はGDPで中国に抜かれたわけですが,べつにそれが中国のほうが豊かであることを示していません。確かに中国は少しずつ豊かになってきているわけですが,なによりも人口が多いということが経済的パワーの源泉になっているわけです。
 人口が世界で一番多いわけですから,いずれは世界第1位の経済大国になるはずで,一喜一憂しても仕方ありません。だから,今後,インドにもインドネシアにも日本はGDPで抜かれることになるだろうが悲観する必要はありません。人口が日本より多いわけだから,当然の帰結なのです。しかし,それでも力強い日本経済をつくることは可能です。全体としての経済が縮小していても,一人当たりのGDPが増加するならば,経済発展は可能だからです。再び強調しておきますが,一人当たりGDPを増加させることが,成熟した人口減少社会の実現の鍵となるのです。
 しかし,一人当たりGDPを増加させるための最大の障害となっているのは,需要が減少していることです。しかも,日本は労働力率が低い。経済の国際競争に勝つという一辺倒な議論ではなく,対人社会サービスを中心としてニーズを掘り起こし,労働力率を高めることが経済戦略のひとつの核とならざるを得ないと考えています。

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