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2012-11-30

地域を基本とする経済構造

 私経済と公経済という切り口から日本への処方箋を書いてきましたが,もう一つ大切な視角があります。それは,地域を基本とする多様性に富んだ経済構造を目指すということです。これは,私経済にも公経済にも言えることです。需要を中心にした経済の立て直しには地域経済での消費が基本とならざるを得ないからです。家族を消費の最小共同体として再生させなければならないのと同様に,地域を消費と生産の共同体として再生する必要があるのです。
 生産の局面においても地域の多様性と文化は強力な武器になるからです。たとえば,ご当地ラーメン,ご当地B級グルメなどはわかりやすい例ではないでしょうか。その土地で食べられているという消費行動が,生産面も強化するのです。軽食でなくとも,ご当地の伝統や伝統化のなかに経済の活性化のヒントが埋もれている場合が多いと思います。たとえば,後述するように農業,林業,水産業などの一次産業,その加工の2次産業,そしてそれを提供する3次産業といったように,地域経済の多様性は連鎖していくものです。
 もちろん,国際競争の場でも画一化されたユニバーサルな人材というよりは,多様な人材が求められているのだと思います。しかも,地域集権の戦略は私経済に限らず公経済においても中心的なものとなっていきます。というのも,対人社会サービスも地域経済の基本だからです。財源は全国的に確保される改革案を提示したわけですが,サービスの供給は地域的に行われざるを得ません。
 具体的には,保険者としての基礎的自治体の工夫に,公経済の発展の最前線が存在していること言うことです。しかも,サービス業は輸出・移出できないので地域に雇用を生み経済の循環を生み出します。さらに,社会保険は生活のスタンダードを目指すものなので,さらなる高水準の医療・介護・教育・保育を目指そうと考えたら,そこには地域住民の間での合意が必要となります。社会保険の想定した水準以上のニーズは,地域的共同需要の認定といってもよいと思います。いわゆる上乗せとか横出しなどと呼ばれるものですが,そこでの「地域住民的合意」は「国民的合意」では不可能な高いレベルの合意が可能となりうるために,公経済の最前線は地域にしかあり得ないのです。
 このように考えると,私経済にとっても,公経済にとっても地域を基本とした経済構造が有効な処方箋足りうることが理解していただけたのではないでしょうか。このことについては,地域集権という私の考えを元にしてもう一度詳しく述べたいと思います。
農林水産業の重要性は地域に根差さざるを得ないということ
 グローバル競争の私経済と,公経済について対人社会サービスを中心に議論を進めてきました。しかし,本当にその地方の独自性を発揮し,文化の多様性を醸成するのは農業,林業,水産業といった第1次産業なのだと思います。とくにこれらの分野では,経済のグローバル化に伴い市場経済でやっていくことが難しくなってきています。すなわちここでも,部分的に,または全面的に,公経済の出番というわけなのです。
 これらの産業における基本的な戦略は,伝統的であることと現代的であるという両面的な戦略を持っています。日本は南北に長く多様な気候のもとにあります。このことは,多様な産業と文化を醸成する源泉でありました。農業では,その土地にあった作物を作ってきたわけです。それこそが,これからの農業の競争力の源泉となるのだと思います。同一作物について,いかに安く,いかに大量に作るかという競争をするならば,気候が多様で山岳地帯も多い日本は,アメリカ,オーストラリア,そして中国といった広大な国々にかなうはずがありません。どんなに技術発展をしたとしても,平坦な土地というリソースの違いは決定的な価格競争力の違いを生むからです。その分野ではどのみちかなわないのだという認識からスタートする必要があるでしょう。
 逆に,多様な作物を生産することは,地産地消を基本とした地域の多様化戦略となります。地元で消費することをてこに,域外や国外への売り込みへとつなげるのです。しかし,このような伝統的農業は市場においては駆逐される運命にあります。同一の規格製品における価格競争にはかなわないからです。そこで,公経済による農業の支援が必要となります。
 グローバル化を進めれば進めるほど,国際競争にさらされればさらされるほど公経済の役割が大きくなるのです。アメリカやフランスなどの農業大国においても,公経済や補助金の役割は極めて大きいものがあります。基本的には,自由貿易のルールにおいては,生産刺激的な補助金は許されません。だから,環境や伝統的風景の保全を目的として補助金ということになるわけです。
 その際に,中央政府が行えば基本的に全国一律の基準で補助金を出さざるを得ません。しかし,その時の基準は伝統的かつ環境融和的であるという二重の基準が重要となります。このような補助金政策では,1次産業の活性化には限度があります。そこで,それぞれの地方における公経済の役割が重要となってきます。このような一律の基準では日本の農業を多様かつ現代的なものにすることはできないからです。それぞれの地方政府において,ただお金を配るのではない業務が重要となってくるのです。この戦略自体も多様であるべきなので,これといった答えがあるわけではありません。
 林業における公経済の役割はさらに重要となるでしょう。日本は森林の被覆率が国土の3分の2という森林大国であります。ところが,国内の木材需要を国内林業で賄ってはいません。しかも,生産が効率的に行われているわけでもなく,日本林業は危機にひんしているといわれています。主要な問題は,途上国からの木材の流入と日本における木材利用文化の衰退でしょう。世界に目を向けるならば,途上国では持続的な林業がなされているとはいえないわけで,海外からの安価な木材の流入は世界における自然破壊に寄与していることにもつながっています。
 そこで,持続可能性という観点からも林業において注目するのは,ドイツ,オーストリア,スウェーデンでありましょう。ドイツでは森林被覆率は日本の半分の3分の1ですが,国内林業によって国内の木材需要のほぼすべてをまかなっています。しかも,林業関連産業のGDPに占める割合は5%にも達する大産業となっています。これは,ドイツの自動車産業よりも大きな値です。ドイツ林業は生産性が高く,木材は価格的にも国際競争力があるといわれているわけですが,その源泉は何でしょうか。おおざっぱに言うなれば,それが公経済の役割ではないかと考えています。
 ドイツでは伝統的に林学が発展非常に発展してきました。大学には伝統的には林学科があって,優秀な人材が林業を担ってきました。多くの労働者は大学に行かずに職業学校で資格を取って働く社会における林業の位置づけの高さが見て取れます。したがって,林業従事者は高度な資格を持っていてい,所得水準も高くなります。多くの林業従事者は公務員でもあります。
 効率的な林業の源泉は,林道の建設だといわれています。もちろん,道路を作るのは公経済の重要な役割のひとつです。ここで,日本における林道を想起すると,典型的な地方の無駄な公共事業として批判されてきたように思います。それは,公共事業による経済の活性化という観点から林道が利用されたためではなかったでしょうか。効率的な林業のためにはやまり林道は必要なのですが,それは立派に舗装されたものである必要はないのです。
 さらに,木材関連商品の開発,とくに現在ではバイオマスエネルギーの利用が重要でしょう。林業の未来は半分くらいバイオマスエネルギーの利用にかかっているといっても過言ではないと思っています。具体的には端材や木くず,さらにはペレット等を利用した熱供給と発電を同時に行うことがより発展し,公経済によって促進されることが少なくともドイツの林業の根底にはあります。しかし,ドイツの林業はある意味特殊な例かもしれません。ドイツの森林の多くは平地に存在しているから相対的に林業のコストが低く済むからです。確かに,生産性や価格競争力の源泉に,このような土地的特質があるのは間違いありません。
 山岳地帯の林業としてあげられるのが,オーストリアとスウェーデンです。オーストリアにおいて林業は基幹産業の一つで,有望な輸出産業となっています。もっとも,オーストリアは人口が少なく,したがってドイツとは異なり国内の需要が少なく,陸路・水路で人口も需要も大きい隣国に輸出することが可能だということについては割り引いて考える必要があるでしょう。
 ともあれ,オーストリア林業の最大の特徴は機械化であるそうです。大規模な機械を導入することで,費用を下げているということです。最後に,スウェーデンは木材製品についてもドイツ同様,いやドイツ以上に力を入れて商品開発を行っている国です。ヨーロッパ産の木のおもちゃや雑貨などは,スウェーデン産がかなりの部分を占めて,次いでドイツです。スウェーデンにおいて林業大国ドイツを大きく引き離して水をあけているのがバイオマスです。すでに,国内で消費する化石燃料以上の熱量をバイオマスによって稼ぎ出しています。
 日本は資源が存在しないというが,そんなことはないと思います。単に有効な利用を行っていないだけではないでしょうか。しかし,その有効な利用は単に市場経済において実現できるようなものではありません。それぞれの地方において,公経済をどう活用するのか知恵を絞る必要があるでしょう。日本の森林は、人材不足で間伐を行うことができず、危機的状況にあるといわれています。空気や水の源泉である森林の危機は、川下の農地や里山、海にまで影響を与え、生物多様性も破壊に至るといわれています。その大きな原因は「林業が儲からないこと」だといわれていますが,公経済を利用すれば少なくとも食える産業にすることは可能なのです。
 最後に,あまり詳しくはないのですが水産業についても触れておきましょう。水産業といえばノルウェーの例ではないでしょうか。そこでは,漁船を大規模化させた現代的漁業が費用の低減を生んでいることが鍵のようです。しかし,その方針が果たしてこれが望ましいのかという疑問がわきます。大規模化と低コストを武器とした価格競争は地域の経済戦略には向きません。農林業と同様に多様化戦略が重要となるのだと思います。確かに,漁船近代化や加工・流通経路の促進,新規漁業者の研修支援などは必要となるでしょう。しかし,何よりも重要なのは,その地域でとれたものをきちんと消費するということでしょう。

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